インタビュー
韓国の未婚母支援、養子縁組を学ぶ旅 その①:未婚母支援の団体でインタビュー
妊娠した女性のニーズに歩み寄り政策提言する民間団体の力
2015年9月、日本財団ハッピーゆりかごプロジェクトメンバーら一行は、姜恩和先生(埼玉県立大学保健医療福祉学部講師)の引率で、韓国の未婚母支援と養子縁組制度を学ぶ4泊5日の旅を決行しました。思いがけない妊娠をした女性への妊娠期からの支援や、養子縁組に関する法律の制定が求められている日本ですが、欧米からばかりではなく、文化的にも似たところの多いお隣の国韓国からも学びたい!と考えての訪問です。
未婚の母への支援の始まり
韓国では、未婚で妊娠した女性に対し、民間団体が実に様々な支援をしています。エランウォン(Aeran Won)という団体は、1960年という朝鮮戦争後の非常に貧しい時期にアメリカ人の宣教師によって設立されました。今では、未婚母のための政策はこの団体のご意見を聞かなくては始まらないというほどの影響力のある団体ですが、始まりは貧困の中で地方からソウルへ出てきた女性の売春、性暴力被害、妊娠といった現実を見て、その女性に手を差し延ばす支援活動からスタートしています。様々な背景を抱える女性と接する中で、当時は社会的に同情も受けられず深い疎外感を抱えていた「未婚母」の特別なニーズを察知し、この女性たちに特化した支援をしなくてはいけないと感じたバンエラン宣教師が、アメリカに戻って社会福祉を学び、その後1970年代に韓国で未婚母のための支援を始めたそうです。そのころは、未婚母への支援に対する国からの資金は全く出なかったため、4か所の家で始められた未婚母のための施設はすべて寄付で賄われたそうです。
未婚の母のニーズに迫る支援
1970年代から2000年代に至るまで、未婚の女性が子どもを育てるための支援という発想が国にはなく、子どもは養子縁組で海外へ行くことが多く、未婚母のための支援といえば妊娠・出産の時期の短期施設入所が主だったようです。しかし未婚でも子どもを自分で育てたいという女性は時代とともに増加し、海外への養子縁組や施設養育ではなく産んだ女性が自分で育てるための様々な支援が民間団体によって展開されていきました。
未婚の母の背景は、まず貧困、そして親がいない、親がアルコール中毒で頼れなくて孤立など多様ですが、いずれにせよ女性本人の自立が必要です。女性が自立し、仕事をしながら子育てをしていけるために、妊娠期にも継続できる学業支援、職業訓練、そして子育て支援が提供されるようになりました。
1983年から未婚母支援の事業を韓国長老教会福祉財団が運営することとなったエランウォンでも、2000年代から多岐にわたる未婚母のための支援が本格化し、未婚母が無料で宿泊でき食事の提供もしてもらえる施設だけではなく、専門的な資格を取るための支援や職業訓練、保育サービス、住宅を借りて自立したい未婚母には家賃の補助、中高生の未婚母へは施設にいながら授業を続けられるよう教員によるホームスクーリング、成人した未婚母には母子で生活できる施設などが展開されていきました。職業訓練では、保育士、看護師、会計税務、経理、美容、ネールアートなど様々な分野での知識・技術を習得し、90%以上の女性が資格を持ち100%就職できているそうです。
民間に動かされた国の制度
職業訓練を受けて資格を持って自立し、自信をもって子育てをしていくようになった女性たちの姿は、その後韓国の制度を変えることへつながりました。1990年代後半から、当事者団体も誕生し支援のネットワークを広げ、「未婚の母=できない人、問題のある人」ではなく「自分で養育できる人」という社会的認識となるよう運動を展開していきました。それまでは、未婚で妊娠した女性による養育を支援すれば、もっと産むようになり国の負担になるのではないかという暗黙の危惧があったようですが、自立して子育てしている女性たちの「成功した生き方、成功した福祉を見せる」という民間側からの働きかけは、国の政策を動かしました。2002年に国会議員、公務員、関連機関の人たちを呼んで開催されたセミナーでは、子どもを養育している未婚母たちの声を届け、「3年間の職業訓練・学業の期間があれば自立できるようになる、その時間を作ってほしい」と訴えました。
超少子化社会という現状も後押しし、出産と子育てをしやすい社会をめざし子どもを養育する未婚母施設の充実化も盛り込んだ「少子高齢社会基本法」が2005年に制定され、2006年には母・父子福祉法改正により「未婚母施設」が「未婚母子施設」に変更され、子育てしながら自立していくための政策がさらに充実していきました。今では、未婚母を支援する民間団体に国からの資金提供があり、未婚母が施設に入所している間の学業・資格取得に関する授業料は無料となり、一般の学校と同じように中学・高校の卒業資格も得られ、授業を受けている間の保育料の支援もあり、長期的な自立のための支援を国が支えるようになっています。また、未婚母子施設の退所後に自立支援を受けながら無料で居住できる未婚母子共同生活家庭も拡充され、住宅を借りて地域で自立する場合は住宅補助もあります。今後の展開へ向けて、エランウォンでは再妊娠の予防、障害のある母子への支援、家事・育児能力に欠けた父子家庭への支援、未婚母の親も関わるシステム作り、出所後の追跡調査などが課題となっているということでした。
日本では、約2年ほど利用できる母子生活支援施設がありますが、妊娠初期から産後数年継続的に利用できるような施設はありません。また、中学生、高校生の女子が妊娠した場合、相手の男子は当然のように学業を続けられるのに対し、女子は学業を休止するどころか高校は退学させられることも少なくありません。親やパートナーに頼れない女子大生は、子育てをしたい場合大学を辞めるか保育や寮のサービスのある性風俗業界で夜間働きながら学業を続けることを選ぶ可能性もあります。学業の中断は即就職難、貧困へとつながり、その子どもも低学歴、貧困へと連鎖していくことを考えると、頼る人のいない未婚妊婦への医食住、そして学業・職業に関わる特別な支援は日本でも急務だと思います。
「自立するために3年間ください」と訴えた女性たちの声が国を動かした韓国。少子高齢化、子どもの貧困、家庭の崩壊・・・という非常に似かよった社会問題を抱えるこの日本でも、複雑な背景をもつ未婚の母たちを支え、次世代をしっかりと担う子どもたちを社会がはぐくむ国となることを心から願いました。
私たちは、社会と子どもたちの間の絆を築く。
すべての子どもたちは、
“家庭”の愛情に触れ、健やかに育ってほしい。
それが、日本財団 子どもたちに家庭を
プロジェクトの想いです。